私が看護師になってしばらくは紙カルテでした。
電子カルテに近い将来にはなるらしいよ、そんな時代でした。
こう言うと、えらい長生きしているみたいですが、電子カルテの普及率は400床以上で85%、200〜399床で64.9%、200床未満で37%(平成29年厚生労働省https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000482158.pdf)だそうです。
400床以上でまだ紙カルテがあること自体が驚きです。
こんな便利なものないのに!
・・・と思ったら、案外そうでもない。
アナログだから良いことだってあったんです。
おじさんが言いがちなコメントですが、本当だからしょーがない。
と言うことで、そんな黎明期を経験したおっさんのお話。
文字数が無限になった罪
「あんた、これもコストかかってるんやからね!」
「あ、はい・・・(俺、記録まとめるの下手だからなぁ)」
と言う感じで、記録書くにもビクビクしていたあの頃。
そりゃ、カルテ紙は購入するんですからね、当たり前ですよ。
汚い字なら怒られる、クセの強い丸くて可愛い字も許されない。
怒ってくる先輩の字だって綺麗じゃないのに・・・と思いながら、綺麗に書くように心がけていました。
私は大雑把な性格が文字に表れているので、筆圧も強く、文字も大きい。
なので、本当によく注意されました。
医者は大抵汚い字で、英語で書く医者もいれば、ドイツ語の医者もいる。
いつも辞書片手にカルテを覗き込んでいました。
「あんたはバカだから聞きに行っても怒られない」
そんな理由で、よく医者に「何て書いているんですか?」と聞きに行かされたもんです。
訂正印も常備して、新人のうちはノートに書いてから紙カルテに記載していましたが、慣れれば当然ボールペンで一発勝負。
私はいつも訂正印が欠かせませんでした。
「用語を知らないことは罪」
そんな感じでいつも「専門用語」は叩き込まれました。
だって文字数が少ないことが正義だったわけです。
1文字削除はコストカットですから。
そんな今は電子カルテです。
いやー、便利ですね。
漢字が分からなくても変換してくれる。
専門用語の難しい漢字を思い出さなくてもいいし、おどおどして書かなくてもいい。
そもそも、専門用語も昔ほど厳しく言われないような気がする。
もしかしたら1文字削除がコストカットなら、文字検索の時間削除でコストカットできているのかもしれない。
大変だった夜勤なんかは、どうしても文字数も多くして細かく状況を書きたい!!
「あんた、これは日記と違うのよ」
できる看護師さんほど、いつもの字で淡々とした記録内容でした。
その文字から、その行間から、記録とは違う部分が読めるような、その勤務の状況がわかるような、そんな気分が紙カルテだった気がします。
カスタマイズさせるようになった
電子カルテは、好きな文字数で好きな行間で好きな段落で書けます。
定型分も作れて、記録にかかる時間も短く工夫できるようになりました。
便利です。
もう単純に便利です。
だけど、何となく乱れているような気がするんですよね。
みんながオリジナルの定型を作り、読みやすさを工夫している。
一見良いことなんだけど、統一感がない。
そして、みんなが専門用語に興味を失ったような気もするんですよね。
昔みたいにガミガミいう人がいない。
今の時代、監査が入るから統一しましょう、とか、認定看護師や委員会などから「これはこう表現しましょう」とレクチャーするくらいじゃないかな。
あれほど昔は注意され、専門用語集を片手に記録していたのに。
それには思うことがあって、一応仮説を立ててみました。
ベテラン看護師には電子カルテは壁になった、という仮説
要するに、紙カルテ時代に記録を事細かく見て、校閲してくれていたベテラン看護師のおばちゃんたちが遠のいたのだと思います。
単純に言えば「私らパソコンわからへんわ」ということです。
もっと言えば「あんたら(新人)の方が詳しいやろ」と論点が変わったのではないか、と。
ブラインドタッチで打ち込める価値観と、専門用語を間違えることなくボールペンで一発記載できる価値観が、ある時期から同列になり、やがて追い越した。
おばちゃん看護師たちは電子カルテになって、一気に仕事のストレス内容が変わりました。
人間関係でも看護技術でもない。
記録を打つ、と言う作業がストレスになったのではないか?
今まではお気に入りのボールペンですらすら書いてさっさと終わっていたのに、自分のことで精一杯になってしまった。
自分の打ち込んだ記録なのに誤変換が多い。
- 紙カルテの時はうまく文章構成できていなかった新人の方が、明らかに素早く的確に文字を打ち込む。
- そんな私たちは指摘できない。
- 誰のかの記録を読み返す時間なんかない。
- たとえ時間があっても「こんな記録じゃダメだよ」と注意しづらい。
- これからはあの子たちの時代なんだ、と案に諭されているようになった。
そして、認定看護師など細分化されたプロフェッショナルも生まれ、余計に「立場じゃない」と自粛モードになったのではないか。
そんなふうに私は思ってしまいます。
クリックしないと見ない
紙の辞書がまさにそうで、目的の言葉に辿り着くまでにいろんな言葉に出会う。
興味本位で「ちんちん」を探すと、その前が「ちんちろりん」。
「ちんちろちん、ってなんだ?」
これが紙媒体で起きる出会いです。
それと同じように、紙カルテもペラペラとめくって目的地にたどり着きます。
紙カルテも電子カルテも「患者さんの情報だらけ」です。
検査した結果を、各記録を読み込んだ方がいいに決まっています。
じゃぁ、電子カルテだと網羅できるか。
そう、単純に、逆に、便利に、バシッとできると思うんですよね。
実際は
「ここクリックしたことないし、やめとこ」
「ここは私たちの使うアプリじゃないから、見たことない」
と「電子カルテが変になったら怖い」が先に立ってしまい、不用意に目にして得る情報は圧倒的に減ります。
何も紙カルテが良かった、とも言えません。
検査結果はノリで貼り付ける作業はめんどくさいし、
そもそも紙カルテは保存の場所もとる。
だから紙カルテよりも電子カルテの方が絶対便利なんですよ。
間違いなく。
だけど、電子カルテはまだまだ「パソコン」なんです。
電子カルテもまだまだ黎明期を抜けていないのかもしれません。
これからは、スマホの電子カルテがもっと普及するでしょうし、バイタルサインも全てデータ通信で記録されるでしょう。
肺音の聴取はもしかしたら音声データで管理するのが当たり前かもしれない。
文字記録も音声データで管理する方が楽かもしれない。
何なら撮影する方がもっと簡単かもしれない。
ITが進む速さに、看護師は追いつけるのかな?
せっかくデータが簡便に細かく蓄積されても、使いこなせないとより良い看護はできない。
さてと。
これから「看護」という概念はどうなるんだろうか。
パソコンできなきゃ、看護できない時代に突入ですかね。
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